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前の記事で、日本の豚肉の7〜8割が三元豚だと書きました。効率のいい品種を組み合わせた、負けない構成です。→ 三元豚の仕組み
では、その勝負に負けた豚たちはどうなったのか。ほとんど絶滅しました。そして一部は、誰かが意地で拾い上げたおかげで、いま残っています。この記事はその話です。
アグー(沖縄)─ 30頭から戻された豚
14世紀末、琉球王の使者が明から持ち帰った黒豚が起源とされます。島の在来種として定着し、戦前には10万頭規模で飼われていました。
それが戦争で激減し、戦後は発育の早い外来種に置き換わって交雑が進みます。数字を見ると理由は明らかで、一腹あたり4〜5頭(外来種の半分以下)、成豚で100kg程度(外来種の半分以下)、出荷まで約300日(外来種の2倍以上)。農家の側に、選ぶ理由がありません。
1981年、名護博物館と県立北部農林高校が、当時残っていた約30頭のうち18頭を高校に集め、10年かけて8代の戻し交配を行いました。これで戦前の原種に近いアグーが復活しています。高校の実習でやることの規模ではありません。
注意したいところ:「アグー」は商標ではなく在来種の呼び名です。市場に出ているものの多くは西洋豚との混血で、県の協議会が認定するブランド豚もアグー血統50%以上という基準。純血100%はごく一部にとどまります。買うときは血統の割合まで見ると納得感が違います。
肉質の面では、沖縄県の畜産研究センターが三元豚(LWD)との比較を出しています。アグーは筋肉内脂肪(サシ)が多く、保水性が高くてしっとりし、加熱による肉汁の損失が少なく、やわらかい。脂肪では、オレイン酸などの一価不飽和脂肪酸の割合が高く、脂肪の融点が低い。遊離アミノ酸も豊富で、旨みと甘みにつながります。
ちなみにかごしま黒豚のルーツもアグーです。江戸期に島津藩が琉球から持ち込んだ豚に、後年イギリスのバークシャーを掛けたものが元になっています。日本の黒豚をたどっていくと、だいたい琉球在来種に行き着きます。
梅山豚(中国・太湖)─ 世界が欲しがった多産
中国・太湖流域の在来豚をまとめて太湖豚と呼び、梅山豚はその一系統です。この一族の特徴は、とにかく産むこと。
| 品種 | 産子数 |
|---|---|
| 太湖豚 | 15.69 |
| 大ヨークシャー | 11.43 |
| デュロック | 11.41 |
| ランドレース | 11.00 |
| ハンプシャー | 9.81 |
| バークシャー | 9.04 |
頭ひとつ抜けています。おまけに母性が穏やかで、肉質がよく、環境適応力とストレス耐性が高い。欠点は皮が厚く、脂がつきやすく、筋肉がつきにくく、発育が遅く、飼料効率が悪いこと──つまり「産む」以外はすべて負けている。
それでも1972年以降、イギリス・アメリカ・フランス・ドイツ・日本など各国がこぞって導入し、繁殖能力の改良に使いました。イギリスは多産遺伝子の特定、アメリカは遺伝子マップ作成、フランスは胚死亡率の研究、という具合です。一点だけ突出した能力は、それだけで世界中から求められる。育成ゲームでも見覚えのある展開です。
日本には1972年の国交正常化のとき、パンダに続いて10頭が贈られました。民間では1989年に茨城の塚原牧場が輸入していますが、翌年に中国側が輸出を禁止したため、国内の飼育頭数は農林水産省と合わせて100頭前後にとどまります。出荷されているのは主に、梅山豚の雌にデュロックの雄を掛けたF1です。
金華豚(中国・浙江)─ 生ハムのための豚
頭・首・尻・尾が黒く、胴が白い。この配色から「両頭烏」、あるいは「中国パンダ豚」とも呼ばれます。垂れ耳で、尾は長くまっすぐ。
皮が薄く、脂肪が多く、肉質がやわらかい。中国の高級生ハム金華火腿(きんかハム)の主原料です。ただし成長周期が約300日で出荷体重75〜80kg。デュロックが170日で100kgに達することを思えば、採算はまるで合いません。中国でも国家の遺伝資源保護リストに載っています。
1979年から国家の贈答品に指定され、1986年には静岡県へ贈られました。以来、日本でも飼育されるようになり、静岡ではデュロックを掛けたフジキンカというブランドが育成されています。
イベリコ(スペイン)─ 血統と、餌と、放牧
「どんぐりを食べた豚」と紹介されがちですが、イベリコ豚とは血統の名前です。イベリア種100%純血、またはイベリア種とデュロックの交配(イベリア血統50%以上)で、スペイン政府が認証したものを指します。黒い脚と爪から「パタ・ネグラ(黒い脚)」とも。
どんぐりが関わるのは肥育の段階です。10月ごろから翌年2〜3月まで、モンタネーラと呼ばれる放牧期間があり、この間、豚は樫の実・牧草・球根・根を自分で食べて回ります。運動によって脂肪が筋線維の周囲につき、霜降りになる。脂に多いオレイン酸は、餌の樫の実由来です。
| 等級 | 条件 | 生ハムのタグ |
|---|---|---|
| デ・ベジョータ | 放牧地でどんぐり・自生植物のみで最低60日肥育。放牧前より46kg以上増体、屠畜時14か月以上 | 黒=イベリコ100%/赤=50〜75% |
| デ・セボ・デ・カンポ | 最低60日は屋外飼育。穀物飼料も与える。屠畜時12か月以上 | 緑 |
| デ・セボ | 穀物飼料のみで肥育。屠畜時10か月以上 | 白 |
かつてあった「デ・レセボ」は廃止されました。タグの色を見れば血統と育て方がわかるという、消費者にとってきわめて親切な制度です。日本の銘柄豚にこれがあれば、と思わずにいられません。
チンタ・セネーゼ(イタリア・トスカーナ)─ 雄2頭からの復活
黒い体に、前肢から背へ回る白い帯。紀元前からイタリア半島で飼われ、ルネサンス期の絵画にも描かれてきた古代品種です。
1950年代、イギリスやデンマークから多産で成長の早い品種が入ってきて、農家は一斉に手を引きました。外来種が一腹15〜16頭を産むのに対し、チンタ・セネーゼは6〜8頭。外来種は狭い豚舎で飼えるのに、こちらは広大な山林が要る。成長速度は倍違う。
1960年代にフィレンツェ大学とトスカーナ州が保護に動いたとき、原種の雄は2頭まで減っていました。血の濃いと見られる個体を合わせても100頭程度。それが90年代には販売できるまで回復し、2000年代に安定供給に至り、2015年にはイタリアの原産地名称保護(DOP)を取得しています。
現在も、山に自生する栗・どんぐり・山桃を食べさせる完全放牧。冬に雪が降っても、豚舎へ追い込むことはしない。山林1ヘクタールあたり体重の合計1500kgまでという組合の規約があるため、増産のしようがありません。結果、この豚の生ハムは他の8倍の値がつくこともあります。
ついでに言うと、1950年代に21種あったイタリア固有の豚は、2016年時点で6種しか残っていません。
済州黒豚(韓国)
済州島の在来豚。『三国志』魏書東夷伝(3世紀)をはじめ、古文献に飼育の記録が残ります。起源は2〜5世紀に漢拏山で捕らえられ家畜化されたイノシシとされ、島の気候によく適応して病気に強い。1986年、済州畜産振興院が島内から5頭を購入して純血種の繁殖事業を始め、現在は260頭ほどが保存管理されています。
そして、日本の中ヨークシャー
ここまで海外の話をしてきましたが、同じことが日本でも起きています。昭和30年ごろまで国内の豚の大多数を占めていた中ヨークシャーは、大型種に置き換えられて、いまや純粋種の中でもごく僅か。国内の母豚のうち純粋種は約14%、そのなかで中ヨークシャーは0.001%規模と言われます。
「元祖テーブルポーク」と呼ばれた品種が、味ではなく生産性で退場した。それを承知で飼い続けている生産者がいる。──希少品種の話は、どこの国でも同じ形をしています。
希少品種を、一度は食べておく
読むだけだと「へえ」で終わりますが、食べると理屈のほうが後から効いてきます。手に入りやすいのはこのあたりです。
アグー ── しゃぶしゃぶで、脂の融け方から
イベリコ・ベジョータ ── どんぐりの脂は生ハムがいちばん分かる
金華ハム ── 300日かけた豚の、行き着いた先