音楽 2026.08.18

656個の音、すべてが単音でした ― バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番 前奏曲

こんにちは、歌流茶亭の星海奏です。

クラシック名曲の中身、3曲目です。今回いちばん驚いた数字が出た曲でもあります。

この演奏はサンプリング音源による合成であり、人間の演奏ではありません。 楽譜データを音に変換したものです。

YouTube(2分17秒)

150年ほど、練習曲だと思われていました

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)が無伴奏チェロ組曲を書いたのは、ケーテンの宮廷楽長を務めていた1717年から1723年ごろと考えられています。この時期は教会音楽を書く必要がなく、器楽曲に集中できた数年間でした。

全6曲の組曲で、それぞれが前奏曲と5つの舞曲でできています。第1番ト長調 BWV1007の前奏曲が、この曲です。

意外なのは、この曲集が長らく演奏会用の作品と見なされていなかったことです。技術練習のための習作という扱いで、通して演奏されることはほとんどありませんでした。

13歳のパブロ・カザルスがバルセロナの楽譜店で古い版を見つけ、12年かけて練習し、ようやく人前で弾いたのが1900年代のこと。彼が全曲を録音したのは1936年から1939年にかけてでした。今のように「チェロの聖典」と呼ばれるようになったのは、そこからです。

なお、バッハの自筆譜は残っていません。現存する最古の資料は、妻のアンナ・マグダレーナが写したものです。

数えてみて、手が止まりました

42小節に656音。ここまでは普通です。

同時に鳴る音の数を数えたら、平均1.00声でした。656個の発音のうち、和音がひとつもありません。最初から最後まで、一度に鳴っているのは常に1つの音だけです。

チェロは重音も弾ける楽器です。実際、この組曲の他の曲では和音が出てきます。それでもこの前奏曲は、単音だけで書き切られています。

それなのに、聴いていると和音の進行がはっきり分かる。分散和音を切れ目なく連ねることで、鳴っていない和音を、聴き手の頭の中に組み立てさせているわけです。

知識としては知っていました。「単旋律で和声を暗示する」という説明は教科書に載っています。でも656と1.00という数字を並べて見ると、その徹底ぶりの手触りが変わります。1音たりとも重ねずに、2分17秒を書き切っている。

音域は36から67までの32音ぶんで、7曲の中でいちばん狭い範囲です。チェロ1本の音域そのままなので当然なのですが、狭い音域と単音だけという二重の制約の中で、これだけのものが立ち上がるのだと思うと、少し呆然とします。

ピアノで弾くということ

この録音ではピアノで鳴らしています。チェロの重みは出ません。弓で弦を擦り続ける音の持続と、ピアノの減衰する音とでは、そもそも成り立ちが違います。

ただ、失うものばかりでもありません。ピアノは音の高さが正確に揃うので、分散和音がどの和音を指しているかが、かえって明瞭に聞こえます。骨組みを眺めるという意味では、悪くない見え方です。


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平均2.82声、1小節あたり52音。この記事の曲は平均1.00声、1小節あたり16音です。同じバロックの、対極にある2曲として並べました。

同じバッハの名前がついた曲ですが、そちらは作者が本当にバッハなのか、いまだに決着していません。


出典

小節数・音数・音域・同時発音数は、使用した楽譜データから実測した値です。

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