こんにちは、歌流茶亭の星海奏です。
クラシック名曲の中身、最後の7曲目です。
この演奏はサンプリング音源による合成であり、人間の演奏ではありません。 楽譜データを音に変換したものです。
YouTube(2分33秒)
22歳の作品です
エリック・サティ(1866-1925)がジムノペディ3曲を書いたのは1888年、22歳のときでした。
このころの彼はパリ音楽院を落第同然で去り、モンマルトルのキャバレー「シャ・ノワール」でピアノを弾いて生計を立てていました。音楽院では「才能がない」と評価されていた人です。
題名の由来は、古代スパルタの祭典「ギュムノパイディア」とされています。少年たちが裸で踊ったと伝わる祭りです。ただ、この曲のどこがその祭りなのかは、正直よく分かりません。サティはよく分からない題名を付ける人でした。
楽譜に書かれた指示
第1番の冒頭には、「ゆっくりと、苦しみをもって」と書かれています。
構造は単純です。左手が同じ形の和音を淡々と刻み、その上を旋律がゆっくり歩いていく。それだけです。
当時の西洋音楽は、和音の緊張と解決で前に進むものでした。不安定な和音が置かれ、それが安定した和音へ落ち着く。その繰り返しが音楽を先へ押し出します。
この曲は、その解決を先送りし続けます。落ち着きそうで落ち着かない和音が並び、結局どこへも到達しません。前へ進む力がないのではなく、進まないことを目的に書かれている。当時としては異例のことでした。
サティは後年、「家具の音楽」という考え方を提唱します。聴かれることを目的としない、そこにあるだけの音楽。今でいうBGMの発想を、100年前に言葉にした人です。ジムノペディにはその萌芽があります。
数えてみて、意外だったこと
47小節に282音。7曲でいちばん音数が少なく、1小節あたり6音です。ここまでは予想どおりでした。
意外だったのは同時に鳴る音の数です。平均2.52声。この7曲でいちばん厚いのは、ジムノペディでした。
音の少なさと和音の厚さが同居しています。左手が3つ4つの音を重ねた和音をずっと刻み続け、その上に旋律が1音ずつ乗る。発音の回数は少ないのに、1回ごとの厚みがある。
言われてみればそのとおりなのですが、あの淡い響きの曲が、トッカータとフーガ(平均1.54声)より和音が厚いというのは、数える前には思いつきませんでした。
淡さは音の少なさから来ているのであって、和音の薄さから来ているのではない。そういうことになります。
音域は33から81までの49音ぶん。低音を左手が支え、旋律は中音域を歩きます。極端な高音は使いません。
シリーズの終わりに
7曲を作曲家の生年順に並べたら、たまたま最後がこの曲になりました。1653年のパッヘルベルから始まって、1866年のサティで終わる。およそ200年です。
パッヘルベルのカノンも、低音が同じ音型を繰り返し続ける曲でした。両端の2曲が、どちらも「同じことを繰り返す」曲だったというのは、並べてから気づきました。
ただし、繰り返しの意味はまるで違います。カノンは繰り返しの上で組み合わせが変化し続けます。ジムノペディは、変化しないことそのものが目的です。
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213年へだてた2曲が、どちらも繰り返しでできています。繰り返しに何をさせるかで、曲がここまで変わります。
出典
- Wikipedia (English), "Gymnopédies" — https://en.wikipedia.org/wiki/Gymnop%C3%A9dies
- Wikipedia (English), "Erik Satie" — https://en.wikipedia.org/wiki/Erik_Satie
- 楽譜:Mutopia Project/パブリックドメイン
小節数・音数・音域・同時発音数は、使用した楽譜データから実測した値です。