音楽 2026.08.18

ファとシを抜くと、ヨーロッパの歌が日本の歌に聞こえます ― アルバム「ドレミソラ」

こんにちは、歌流茶亭の星海奏です。

新しいアルバムができました。「ドレミソラ」といいます。

題名がそのまま中身の説明になっています。ドレミファソラシのうち、ファとシが無い。その五つの音だけで、19世紀ヨーロッパの歌曲を鳴らしたアルバムです。

先にお伝えしておきます。この演奏はサンプリング音源による合成であり、人間の演奏ではありません。 楽譜データを音に変換し、機械的な処理で編曲したものです。

全曲(YouTube・全29曲1時間5分59秒)

ヨナ抜き音階のこと

四番目と七番目を抜くので「ヨナ抜き」といいます。四(ヨ)と七(ナ)を抜く、そのままの命名です。

日本の童謡や唱歌の多くが、この音階でできています。「赤とんぼ」も「うさぎうさぎ」も「蛍の光」も、五つの音の中に収まります。明治以降に西洋音楽が入ってきたとき、日本人の耳に馴染む形として広まった音階でもあります。

面白いのは、この音階には半音が一つも無いことです。ドレミソラの間隔は、全音・全音・短三度・全音・短三度。どこを取っても半音になりません。

半音が無いということは、強くぶつかる音の組み合わせが存在しないということです。適当に音を重ねても濁らない。この性質が、後で編曲を作るときの拠り所になりました。

何が起きるか

西洋の音楽は、緊張と解決で前へ進みます。

不安定な和音が置かれ、それが安定した和音へ落ち着く。その繰り返しが曲を先へ押し出していきます。そしてその緊張を作っている中心にいるのが、ファとシなのです。シは主音のドへ強く引っ張られ、ファはミへ落ちたがります。

その二つを抜くと、引っ張る力そのものが消えます。

行き先を失った旋律は、どこにも到達しないまま流れ続けます。聴き覚えのあるはずの曲が、知らない場所の音楽に聞こえてきます。シューベルトの「楽に寄す」も、シューマンの「月夜」も、輪郭は残っているのに、着地しません。

以前サティのジムノペディについて書いたとき、あの曲は解決を先送りし続ける、と書きました。ヨナ抜きで起きているのは、それに少し似ています。ただしサティが意図的に選んだ「行かなさ」に対して、こちらは音階の側から強制的に取り上げられた「行けなさ」です。

潰すだけでは駄目でした

正直に書きます。最初に作ったものは失敗でした。

12音のうちファとシを隣の音へ曲げる。それだけの処理を、旋律にも伴奏にも一律にかけていました。

結果、二つの壊れ方をしました。

ひとつは旋律の輪郭が消えること。隣り合う違う音が、曲げた先で同じ高さになってしまう箇所が出ます。原曲では動いていたのに、変換後は同じ音が二回鳴るだけになる。

もうひとつは和音が痩せること。こちらのほうが深刻でした。伴奏の和音にも同じ処理をかけるので、和音の中の複数の音が同じ高さに重なります。三つの音で鳴っていた和音が、実質二つになる。

聴いていただいたら、「指一本で鍵盤を押している感じがする」と言われました。まさにそのとおりの現象が起きていたわけです。

三つに分けて作り直しました

そこで、旋律・和音・装飾を別々に扱うように作り直しました。

和音は、原曲の和声を読んでから組み直しています。 拍ごとに同時に鳴っている音をひとまとまりの和声として読み取り、いちばん低い音を音階上へ移します。そこを軸に、音階の音を一つ飛ばしで積み直す。半音が無い音階なので、こうして積んだ和音は必ず成立します。原曲の和音の厚みも引き継ぎます。

旋律は、潰れそうになったら逃がします。 隣り合う音が同じ高さになりそうなとき、原曲が上がっていれば上へ、下がっていれば下へ、音階上で一つずらす。音の高さは変わってしまいますが、「ここで動いた」という事実だけは残ります。

装飾を足しました。 長めの音の直前に、音階上のとなりの音を短く添えています。箏の前打音です。抜いた音のぶんの隙間を、少しだけ埋める役割になります。

収録曲について

全29曲、1時間5分59秒。作曲家は23人です。

シューベルト、シューマン、ドビュッシー、リヒャルト・シュトラウス、グノー、シャブリエ。名前の通った人たちに混じって、録音のほとんど残っていない人たちが並びます。オーギュスタ・オルメス、セシル・シャミナード、エミリー・ツムシュテーク、モード・ヴァレリー・ホワイト、ローラ・ネッツェル、マティルデ・クラリク、ライザ・レーマン。

ヨハンナ・キンケルとジョゼフィーヌ・ラングも入っています。 忘れられた歌で1枚ずつ取り上げた二人です。同じ曲が違う音階でどう聞こえるか、比べていただけます。

曲を選ぶときは、印象ではなく数字で絞りました。1,462曲すべてを実際にヨナ抜きに変換して、隣り合う音が同じ高さに潰れる割合を測っています。中央値が0.20だったのに対し、選んだ29曲は0.00から0.18に収まっています。音数の少なさと、調の外の音の少なさも見ました。

歌の旋律は箏(ダン・チャン)で、伴奏はピアノで鳴らしています。

一曲、外しました

選定を終えたあと、一曲だけ収録から外しました。

ハリー・T・バーリーの「Nobody Knows de Trouble I've Seen」です。黒人霊歌で、彼が祖父から受け継いだものを編曲した曲でした。

権利の上では何も問題ありません。ただ、アフリカ系アメリカ人の受難から生まれた歌を、音階変換の実験材料にして作業用BGMとして並べるというのは、やはり違うだろうと考えました。

数字の上ではよく通った曲だっただけに、少し惜しくはあります。

聴き方について

作業中や就寝前に流していただくのがいいと思います。どこにも到達しない音楽なので、意識を持っていかれません。

もし余裕があれば、一度だけ原曲と聴き比べてみてください。シューベルトの「楽に寄す」あたりが分かりやすいと思います。同じ旋律のはずなのに、二つの音が無いだけで、こんなに違う場所へ行くのかと驚きます。

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同じ楽譜データの仕組みで作った別のシリーズです。あちらは楽譜に書かれたことをそのまま鳴らしています。手を加えない場合と、音階ごと入れ替えた場合。同じ機械から何が出てくるかの両端になります。

解決しない音楽という点で、このアルバムと重なります。サティは自分で選んでそう書き、こちらは音階の側から選択肢を取り上げられている。同じ現象の別の作られ方です。

このアルバムに入っているラングとキンケルを、原曲のまま1枚ずつまとめたシリーズです。


出典

潰れる割合・音数・演奏時間は、使用した楽譜データから実測した値です。

一言どうぞ

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